△上に戻る
バルトロメ・エステバン・ムリーリョ
(Bartolome Esteban Perez Murillo、 1618年1月1日 - 1682年4月3日)
バルトロメ・エステバン・ムリーリョは、バロック期のスペインの画家で17世紀中期〜後期にかけて活躍したセビーリャ派の巨匠。
19世紀末期にベラスケスが再評価されるまで国内外でスペイン最大の画家として名を馳せていた。
甘美な聖母像や、愛らしい子どもの絵で知られるバルトロメ・エステバン・ムリーリョは、スペイン絵画の黄金期である17世紀を代表する画家である。
バルトロメ・エステバン・ムリーリョは、1618年、スペイン南部のセビリャに生まれる。
14人兄弟の末子で、幼い頃に両親を亡くし、姉夫婦のもとで育てられたというが、その名声に比して伝記の細かい部分には不明点が多い。
一時期マドリードに移住したという説とこれを否定する説とがあり、マドリードに移住したとされる時期についても諸説があるが、いずれにしても生涯の大部分をセビーリャ周辺で過ごしている。
1682年にカディス(セビーリャ南方の海辺の町)の修道院で制作中、足場から転落したことが原因で死去したという。
テネブリズム(カラヴァッジョに代表される明暗対比による劇的な表現手法)の強い影響を感じさせるセビーリャ派特有の実直な明暗対比の大きい作風に柔らかく繊細で輝きを放つ表現を用いることで、故郷セビーリャを中心に圧倒的な人気を得て、当時セビーリャ派の大家として既に名声を博していたスルバランの地位をも脅かした。
スティロ・バポローソ(薄もやの様式)と称される、画面全体が薄もやに覆われたような夢幻的な作風は、1670年頃からの晩年の作品に顕著である。
聖母マリアの純潔性をあらわした『無原罪のお宿り』を題材とした絵を何枚か残しているが、特にセビーリャ美術館に所蔵されている作品の、夢見る乙女のようなマリア像と彼女を取り巻く可憐な小天使たちのイメージは、次の世紀のロココ美術を先取りしている感がある。
疫病で亡くしてしまった自分の子供達を愛しむかのように、子供を描いた絵も多数残している。
ぼろをまとった貧しい少年たちをありのままに描いた風俗画にも傑作がある。 (彼は子供を次々と5人もペスト等で亡くし、6人目の娘も耳が聴こえなかった為その娘を思い最高傑作の無原罪のお宿りを描いた)
エルミタージュ美術館に展示されているバルトロメ・エステバン・ムリーリョの絵画
代表作
聖母子 1655−60頃 ピッティ美術館(フィレンツェ)
蚤をとる少年(1645-1650年)(ルーヴル美術館)
メロンとブドウを食べる子どもたち(1645−1655年)(ミュンヘン、アルテ・ピナコテーク)
無原罪のお宿り(1668年)(セビーリャ美術館)
無原罪のお宿り(1678頃)(プラド美術館)
聖母子(1650−1660年頃)(フィレンツェ、ピッティ美術館)
幼児キリストと聖ヨハネ(1670年頃)(プラド美術館)
△上に戻る
スポンサード リンク